■【失敗から学ぶ成功する経営】

6.会社の売却のタイミングを誤り失敗する。

●ファッションのカジュアル化や店舗の大型化が進んで行く状況を
見ていて私は婦人服専門店の先行きにとても不安を感じていました。
昔は婦人服業界はとても儲かる業界でありお金がたくさん通る大き
な川でした。しかし、近年ではだんだんお金の通る量も減り細い川
になってきました。お金が通らない細い川でいくら掬っていても儲
けることはできません。お金がたくさん通る大きな川は別なところ
(新業態など)に移ってしまったのです。

●そんな印象を持ち始めた私は、もう婦人服販売は限界があると思
い、利益が出ている良い状況のうちに会社を売却し、別な事業を起
こして新たな道を歩もうと考えました。出店している先も一流のフ
ァッションビルなどでありましたし、なによりも経常利益率で5%
以上を計上していたので、企業価値はかなり高いものになるのでは
ないか、と思いました。

●早速、知人を通じてある都市銀行のM&Aを手がけている部署を紹
介してもらいました。ちなみに、この都市銀行は当然取引銀行では
ありません。取引銀行にそのような話を持ちかけたら、社長は経営
意欲を失っているということで、融資その他でどのように態度を変
化させてくるかわかりません。もし企業売却を相談するならば取引
銀行以外に依頼しなければいけません。

●まずは、仲介を依頼する旨の契約書の取り交わしです。基本料金
と成功報酬部分に分かれていて、基本料金部分は大卒新入社員の年
収金額くらいが請求されます。成功報酬部分については売買金額の
何%という取り決めです。これは、会社規模や売買高によって違う
ので一概には言えませんが、少なくても売買金額の10%以上は支
払わなければなりません。基本料金部分は当然、売買の成否に関わ
らず請求されます。だいたい6ヶ月間の契約ですので、6ヶ月の間
に買い手が現れないと基本料金はドブに捨てることになります。基
本料金はかなり高額ですので、この決まりにはとても抵抗感があり
ましたが、業界慣例であるので従わざるを得ませんでした。

●仲介契約を銀行と結ぶと次は企業価値、すなわちいくらの価値が
あるかという、お金に換算する作業になります。決算書など経理資
料を提出して査定してもらいます。この時は、業界はすでに不景気
に入っておりましたが、当社の場合はSPA(製造小売販売)を行なっ
ていたために業績は絶好調でありました。またそのような好業績で
あったので決算も粉飾などする必要もなく、とてもきれいな決算で
ありました。そのような資料を元にして、一株あたりの値段を算出
するわけですが、非上場の株式会社の一株の値段を算出する方法は
いくつかあります。そのいくつかの方法をそれぞれ試して算出して
みて、一番妥当な金額をまず押さえます。この金額が企業の値段の
まずベースとなります。

●次に、その企業が将来にわたってどれだけの利益を生む会社なの
か、という営業上の価値を算出します。ここは、これといった算出
方法があるわけでもなく、私の場合はだいたい現在の経常利益を10
年間計上し続ける力がある、ということで算出されました。こうし
て企業の値段が決まったわけですが、総額で約5億という値段がつ
きました。これには私も驚きました。資本金5000万円の会社が
5億の価値があるとされたのです。正直、ほんまかいな、と思って
しまいました。

●しかし、不動産と同じで売り手の値段も買い手がつかなければま
ったく意味がありません。売り手側の値段は5億としても、果たし
て買い手がついてくれるのか、そこが問題です。半年間いろいろな
会社が関心を示し、情報を交換しましたが、最終決済でどこもご破
算となってしまいました。社長がいいと思ってもそのブレーンが反
対したり、専務がいいと思っても社長がうんと言わなかったりとな
かなか難しいものでした。金額が金額だけに、買い手も慎重になら
ざるを得ないというのはよくわかりますが、あれよあれよという間
に半年が過ぎてしまいました。

●もう銀行との契約が切れるというギリギリの頃にある会社が関心
を示して、交渉となりました。買い手の希望価格も5億とまではい
きませんでしたが、こちらが充分納得のできる価格でした。先方も
乗り気で、社長同士が面談するまで話しは進み、もう合意契約を結
ぶだけとなった時、証券会社の破綻などが起こり世の中に金融不安
が発生してしまいました。先行きにかなり悲観的な観測が経済界を
覆い、結局先行き不安を理由に買い手の会社は手を引いてしまいま
した。手が届くそこまでチャンスが来たのに、サッと去っていって
しまったようなそんな感覚でした。それ以降、買い手が現れること
はなく、仲介の基本料金は何の投資効果を生むこともなくドブに捨
てられてしまったのでした。

●その後、景気は一段と後退し、当社も業績が一気に悪化して、赤
字決算の年度を重ねるようになりました。決算書も銀行の融資引き
上げの恐怖から粉飾を重ねるようになり、地獄への階段を一段、ま
た一段と降りていくようになったのでした。

●この失敗からの教訓は以下のことがあるのではと思います。

@ゴーイングコンサーンは絶対ではない
A好調時こそ売却のチャンス
B熟慮すべき判断と即断すべき判断を区別する


@ゴーングコンサーンは絶対ではない
企業は永続させなければいけないというのは単なる思い込みです。
どうも一山当ててあとは野となれ山となれという考えは受け入れら
れない感じではありますが、博打はともかく、事業では好調がいつ
まで続くか保証はできませんし、不調になれば好調時の蓄えを一気
に吐き出しさらには多くの負債を抱えることにもなります。という
ことは、事業活動においては、好調時たくさん蓄えて事業をやめて
しまうということも経営判断の1つとしてありうると私は思います。
何も無理して苦しくなるまで継続しなくてもいいのです。このゴー
イングコンサーンの呪縛から解き放たれると経営者はとても気が楽
になると思います。会社を売ってしまうことは非人道的なことでも
悪いことでも決してありません。

A好調時こそ売却のチャンス
会社を売却しようと考える人は、会社の業績が厳しくなってきたか
ら手放そうと考える人が多いように思います。やはり、好調な時は
経営者も気分がいいしその気分を出来るだけ長く味わっていたいと
思うのは自然な感情であると思います。だから、好調時は会社を売
ってしまおうなどとなかなか考えないものです。しかし、儲からな
くなった会社を買う人はいません。中には赤字会社を買って黒字に
して上場させて、というようなことをする人もいるようであります
が、レアケースです。好調時は、儲かっている会社を売ってしまお
うということは考えないでしょうが、会社の置かれている状況や業
界動向などを冷静に分析して思い切って売却することも検討課題の
1つに是非入れてほしいと思います。それが、後から「あの時売っ
ていれば・・・」というように後悔しないことにもつながると思い
ます。

B熟慮すべき判断と即断すべき判断を区別する
実は、私の場合は業績が好調になってから3年くらい躊躇して、そ
して売却を決断したのでした。何を躊躇していたのかというと、先
代から継いだ会社を売却するということに対する精神的な抵抗があ
ったことや業績がさらに好調になるのではないか、などと考えてた
めらっていたのでした。もっと早く決断をしていれば金融不安にな
る前に売買契約にこぎつけたでしょうし、兎にも角にも悔やまれる
判断ミスでした。経営においては、じっくり考えて考え抜いて決断
すべきことと、スピードが要求される判断があるのはご存知のとお
りです。何がどれだ、と一概に言うのはとても難しく、結局結果論
になってしまいがちですが、その判断のスピード嗅覚がある人が経
営者としての資質があると言えるのでしょう。決断をするにあたっ
ては、その決断の結論をどうするか、ということはもちろん、熟慮
すべきか即断すべきか、という「スピード」の視点も忘れず決断業
務に携わってほしいと思います。何を当たり前のことを言っている
のだと思われるかもしれませんが、実際に判断している時はこの冷
静さを失っている人がとても多いのです。当たり前のことを当たり
前のようにやることが優秀な経営者であり、当たり前のことが出来
なくなってきた時、その社長は破綻への道を歩みはじめてしまうの
です。
トップへ
トップへ
戻る
戻る