■【失敗から学ぶ成功する経営】

1.ライバルを意識しすぎて失敗する

●私が二代目として23歳で社長になった時は、まだ先代(父親)か
ら仕えている番頭や社員がいました。二代目と先代からの番頭は仲が
あまりよくないとよく言われますが、私の場合もご多分に漏れずに仲
は良くありませんでした。それでも1年くらいはなんとかやってきま
したが、番頭のほうがいやになってしまったようで、退社してしまい
ました。先代に代わって実質的に会社を切り盛りしてきた番頭の退社
であったので業界でもうわさが立ち、彼のその後の去就がとりざたさ
れました。結局彼は同じ小売店を始めることととなったのですが、そ
の出店先がことごとく当社の出店先と重なったのでいろいろなトラブ
ルを引き起こしました。当社の社員を引き抜いて同じフロアの店舗に
配置したり、当社がバーゲンをしている商品と同じ商品をさらに安い
値段で店頭でバーゲンをしたり、いろいろなことがありました。取引
メーカーも同じメーカーと重なったりしてそれらもよくトラブルにな
ったりしました。

●このような話は、実際にはよくある話でして、辞めた幹部が社員を
連れ立ってライバル会社を設立してトラブルになる、ということが典
型的な例でしょう。これにはいろいろな見方があって、会社側の利益
にたって訴訟も辞さないという考え方や競争の原理からいって強い方
が勝って当たり前という考え方までその立場立場で異なるようです。
しかし、日本では古くから商慣習や商人の心得なるものが暗黙知であ
ったわけで、勝つためには手段を選ばずという考え方は、少なくとも
私にはなじみませんでした。自分が同じ番頭の立場であったならば、
20年以上お世話になって自分を育ててくれた会社に対して、たとえ
自分の仕えてきた先代が他界していないとしても、ご迷惑をかけるよ
うな商売のやり方は絶対にできません。先の番頭さんは、開店前に一
度私の元を訪れ挨拶をしたので、仁義は切っているとまわりに言って
いるようですが、一度挨拶をしたから良いという性格の事柄ではない
と私は思っています。しかし、彼は一度仁義を通したし、あとは弱肉
強食でなんの文句があるのかというつもりだと思います。

●このような価値観の違いは、どうやっても埋めることはできません。
そして、埋めようとお互い努力するどころか、先の番頭さんは出店先
の商店会総会などで私と顔を合わせても挨拶すらしません。どうも彼
は私のことがきらいなようだと鈍感な私も気づき、自分をきらいと思
っている人を好きになるほど私もお人好しではないので、ライバルと
して彼を意識するようになりました。
これ以上、その番頭さんのことを書くと誹謗中傷になるので止めてお
きますが、なぜこのような犬猿の仲になってしまったのか、もっと違
う関係の在り方もあったのではないか、と思うと関係改善ができなか
ったのが残念でなりません。しかし、こちらが握手の手を差し出して
もプイと横を向いてしまう人を受け入れることができるほど、私はま
だまだ人間ができておりません。

●ある有名なファッションデザイナーが、初めてヨーロッパのコレク
ションに出て大恥をかいて、その時の屈辱がその後大きく発展したエ
ネルギーになったという話を聞いたことがあります。今風で言えば
「リベンジ」ということでしょうか。このように、ある時受けた屈辱
や劣等コンプレックスが、事業を拡大させるための大きなエネルギー
の源となることはよくあります。スポーツや芸能の世界でもありまし
ょう。小さい頃から貧乏でみんなから馬鹿にされ、なんとかお金持ち
になろうとボクシングでチャンプになったり、土俵にお金が埋まって
いると教えて厳しい稽古をさせる相撲なども、その一例でしょう。
うまくいけばばこの屈辱や劣等コンプレックスは前向きなエネルギー
になりますが、一歩間違えばとんでもない方向へ自身や事業を向かわ
せてしまいます。すなわち勝たなければ、とか負けるものか、という
感情のおもぬくままに進んでしまって冷静な事業判断を失ってしまい、
取り返しのつかない失敗をしてしまうということです。

●私の場合も、先の番頭に負けるものかという強いライバル心があり
ました。商売人として心得違いをしている人間に絶対に負けたくない、
というか負けるわけにはいかない、という思いも強くありました。先
の番頭が1店舗出店すればこちらは2店舗出店する、そんな感じで強
くライバルとして意識していきました。そんなことをあからさまに出
すと社内の士気に影響するので、「あそこには絶対負けるな」と口に
出すことはありませんでしたが、当社の社員はみんな感じていたと思
います。まわりの人たちも事あるごとに私と先の番頭を比較していた
こともライバルとして意識していくことに影響していたと思います。
やはり元番頭の方が力量があるなど、そのような雑音は意外とよく耳
に入ります。たとえ力量が上であっても、絶対に負けるわけにはいか
ない、そんなふうにライバルとして強く意識しすぎてしまったのでし
た。
そのような負けん気がうまく作用しなくて、出店をあせって失敗した
り、アパレル会社を作って製造業まで手がけ彼とは違うぞと見せつけ
てみたり、広告代理店を経営して自らの経営手腕を誇示したり、多種
にわたる販売促進策を講じて対抗したりしました。それらはうまくい
ったこともありますが、打率風で言えば3割には程遠い成功率です。
今思えば、そんな変なライバル心さえなければ、あせらずいろいろな
事業にも手を出さずにすんだのでは、と思えることばかりです。

●なぜそこまで意識してしまったのか、自分自身不思議であります。
おそらく、生まれ持って負けん気が強いことと自分自身の正義に反す
ることを許すことができない、硬直した思考が原因だと思っています。
しかし、それが原因とわかっていてもなかなか直すことができないの
が人の性格の難しいところでして、私自身、別に負けたっていいじゃ
ないか、と考えるようにしてもすぐに元に戻ってしまいます。
しかし、誰にでも「あいつだけには負けたくない」とか「あの会社だ
けには負けられない」などライバルを意識することはあると思います。
そして、そのライバルであると意識する原因が、以前相手から受けた
屈辱であったり自分の負けん気であったり、自分自身の劣等コンプレ
ックスだったりということもよくあることだと思います。このような
ことは、別にいけないことでも間違っていることでも悪いことでもあ
りません。

●では、それらのマイナスのエネルギーをプラスに変えてライバルを
意識することで自らも成長できる人と私のようにプラスに変えている
ようで実はマイナスのエネルギーを引きずりそのまま持ち続けている
人の差は何なのでしょうか?それがわかればライバルを過剰に意識し
ても「成功する経営」を実現することができるはずです。

●私は、その差はライバルを受け入れ、そしてそのライバルを意識す
る自分自身も受け入れ、許してあげる「心の能力」であると思います。
ライバルも自分自身もすべて受け入れ許してあげることができた時、
それまでの屈辱や劣等コンプレックス、負けん気などのマイナスの
エネルギーはプラスに転じ、自分にとって良い方向へ導いていってく
れるような気がします。私自身はとてもとてもそのような域には達す
ることはできていません。だから失敗してしまったのだと思います。
今も達することができていませんから、また経営をしても失敗すると
思います。
私のことはさておき、現在経営者の方々やこれから経営者になろうと
する方々は失敗は許されません。失敗すればすべてを失ってしまいま
す。だから、なんとしても成功してほしい、と私は思います。ですか
ら、ライバルを意識しすぎて失敗することのないように、常日頃から
自分を冷静に見ることができる「もう一人の自分」をきちんと持ち、
いやなこと見たくないこと考えたくないことをちゃんと受け入れてあ
げる「勇気」を持つことが大切です。このようなことは言うは易しで
すが、この「心の能力」を高めなければ決して経営者として成功する
ことはできません。いつか必ず失敗します。つらくきつい道のりにな
ると思いますが、「経営これ修行なり」の精神で研鑚に努めていただ
きたいと心から願っております。
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