■再会の日
●1999年のちょうど今ごろだった。街にはクリスマスソングが 流れ,ロマンティックとせわしない雰囲気が一緒に漂い始めていた 頃だ。 僕が会社を締めることを決意して,2ヶ月目になっていた。右腕の 番頭と一緒に,なるべく円満に整理ができるように粛々とスケジュ ールを進めている時でもあった。 ●誰にも会社を整理することを言わず,黙って秘密裏に進めていく ことは,とてもつらいことであった。誰でもいい,話してわかって もらい,つらさを和らげたかった。重い荷物をちょっとだけ降ろして 休みたいと思った。 ●年末年始の挨拶回りに備えて,今ごろ髪をカットしに行くことは 僕の恒例行事でもあった。 その時も,いつものようにいつものヘアサロンに行って髪を切りに 行った。 ●僕の担当のヨウさんは,いつものように忙しくしていた。冬でも サーフィンに行くヨウさんは,色が黒く背も高かった。僕の顔を見 ると,硬派な笑顔で会釈してくれた。 ●僕は,髪をヨウさんに切ってもらいながら,言おうか言うまいか 迷っていた。僕はとても疲れていた。一人で会社をたたむことを背 負い,近づくXデーを前にして,不安と恐れとそしておそらく感じる であろう整理後のわずかな開放感を胸にしまいこみながら,とても疲れて いた。 ヨウさんなら関係はないし,言ってもかまわないだろうか? いや,うちの取引先が偶然にこの店に来て耳にしてしまうかもしれ ない。いやいや,この隣にいる女性はどこか取引先,銀行?の社員 かもしれないじゃないか。うかつに整理を進めていることを言っては いけないのだ。わずかな一つのミスが,後々の大きな後悔を生む。 ヨウさんだからと言って安心はできない。絶対に誰にも会社を整理 することは言ってはいけないのだ。すべてが円満に解決できる会社 整理をするために,絶対に口外してはいけないのだ・・・・ ●「ヨウさん,俺,実は・・・会社をたたむんだ」 「え,そうなんですか?」 ヨウさんは,意外にも落ち着いて僕の告白を受け止めた。 そして,一つも畳み掛けて質問してこなかった。 「どうしてですか?」「何があったんですか?」「会社をたたむって すごい決心じゃないですか?」 期待していた質問は,一つもなかった。 少し僕が拍子抜けしていると,ヨウさんは言った。 「僕も,今月でこの店辞めるんです・・・」 ええ??僕はびっくりした。 そして,僕は質問をした。 「なんで辞めるの?」「辞めてどうするの?」「何があったんだ?」 「ロンドンに行きます。海外で腕を磨こうと思って。急な話ですみま せん。」 二人とも同じ。 それぞれ悩んで結論出して,それぞれの道を時同じくして歩もうとし ている。 そのあとは,お互いあまり語ることもなく,ヨウさんは僕の髪を切っ ていった。 そして,別れの硬い握手をして,再会を誓った。 「たけちゃんなら大丈夫ですよ。僕はそう確信しています」 最後のヨウさんの言葉が,その後どれだけ励みになったことか・・・ ●しばらくメールでのやり取りをしていたが,僕のメールアドレス が変わってしまったり,僕が自宅を売却して住所がわからなくなっ てしまい,連絡を交わすことは程なくして途絶えてしまった。 ●僕は,再起をするために再学習し,そして開業し家族5人を支える ために懸命に働いた。自己破産までして,文字通り裸一貫からの再起 を目指した。 ヨウさんも,イギリスで修行しアメリカにも渡り美容師としての武者 修行を続けた。 ●僕は,なんとか生活を支える基盤も出来始め,再起が現実のものと なってきた。まだまだではあるが,人生を投げ出さずやってきたこと が実り始めてきている。 そんな時,ヨウさんがいなくなってから行きつけていたヘアサロンが 不景気で閉店することとなった。 折りしも,3年前と同じ12月だった。 僕は,気にはなっていたが何かと後回しになっていたヨウさんを探し 始めた。 もう,日本に帰ってきているだろうか。どうしているだろうか。 ●ヨウさんの連絡先がわかった。メールを打つとヨウさんから返事が 来た。 「日本に帰って,いろいろあったけど,今年の9月に恵比寿に自分の 店を開きました。」 偶然なのだろうか。それとも必然であったのか。 3年前と同じ12月の,それも一年締めくくりの散髪の時期であった。 「年内に必ず行きます。ヨウさん,また切ってください」 「よろこんで。お待ちしています」 3年前の12月,僕とヨウさんはそれぞれ思うことがあって,別な道 を歩み始めた。 そして,3年後の12月,二人は再会する。 何事もなかったように,僕は鏡の前に座り,ヨウさんは僕の髪を切って いく。 ただ,3年前と違うのは,僕とヨウさんがくしゃくしゃに笑いながら, お互いの目に涙が溢れていることだった。 そして,3年間を語る言葉を二人は見つけることができなかった。 言葉にすれば虚しくなる,そんな濃密な時間がただただ流れていった。 木枯らしが吹きすさぶ,とても寒い12月のある夜の出来事だった。 僕は,この日を一生忘れない。 |