■音楽と経営 その1

●私は,音楽で身を立てたくて,実は大学を卒業してレコード会社
に入社した。今から18年も前のことだ。
レコード会社は,基本的にコネで入る人が多く,私のようなコネな
しで,正面玄関から入ることは,ほとんど不可能に近いものだった。

●主だったレコード会社は,すべて受けたが見事に連絡なしで,一つ
も引っ掛からなかった。
1社だけ,中堅のレコード会社で二次試験まで通っていたところが
あった。しかし,採用選考のペースは遅く,11月28日にやっと
内定をもらうことができた。

●そんなに遅かったので,もし最終の社長面接で落ちては,他に行
くところもなく就職浪人になってしまうので,楽器メーカーも一応
受けてみた。
当時から,カシオ計算機はキーボードとか電子楽器を製造しており,
そのカシオを受けてみた。他の楽器メーカーの,例えばヤマハとか
河合楽器などは,そもそも男子の募集すらなかった(と記憶している)。

●カシオも楽器事業部が希望ではあるが,採用されてもそこに配属
されるとは限らない。でも,楽器事業部があるから,ということで
受けてみた。
一次面接の日に行ってみると,会場はものすごいたくさんの人が来
ていた。
会社としても予定以上の人が来てしまったらしく,人事部とおぼし
き人が,「今日はとても多くの人が来ていますので,当初の面接官
では足りません。そこで,急遽部長職以上のかなり偉い方に一次
面接ですが,やってもらうことになりました。みなさんはある意味
とてもついています。今日の面接でOKとなれば,最終面接まで一気
にいくこともできます。それだけ,今日の面接官はレベルが高いの
で,みなさん頑張ってください」と挨拶した。

●私は,俄然やる気になった。今日の面接で好印象となれば,いけ
るじゃないか,そんな風に思った。
いざ,私の番になって面接室に入ると,恰幅のよい50歳前くらい
だろうか,バリバリの管理職という人がいた(今思うと役員だった
のかもしれない)
「なんでうちを受けたの?」そんな導入の質問から,只ならぬオー
ラを出していた。

●「実家は何をしているの?」
「婦人服のチェーン店を経営しています」
「なんだって???」
ここから,忘れもしないお説教が始まります。

「あんた,何考えているんだ!親父が社長やっていて,なんで継が
ない。うちみたいな会社入ってサラリーマンになって,楽器売って
いくら給料もらえると思っているんだ。親父の会社を継げば,あん
たは社長になれるんだよ。社長になれば,うちの会社でサラリーマ
ンやっている給料の何倍もの給料をもらえるんだよ。何考えてるん
だ。親父の会社を継ぎなさい。あんたはサラリーマンなんか,やっ
ちゃいけない人なんだよ。わかった?もう,あんたと面接している
ことは時間の無駄だ。あんたは,不合格。帰った帰った。帰って
親父さんとよく話をして家を継ぎなさい。は〜い次の人!」

これで,僕の面接は終わった。
係りの人に促されて,退室した。

●思い出の人に会えるテレビの番組がよくあるが,もし私だった
ら,あの時私を面接してくれたカシオの人にもう一度会いたいと
思う。
そして,お礼を言いたい。
あなたのお説教のお陰で,親父が亡くなった時,吹っ切れることが
できました,と。
あの人のお説教を聴いていなければ,ずっと音楽業界に固執して,
柔軟に自分の進路を考えることなど絶対にできなかった,と思う。

このような貴重な就職活動を経て,レコード会社になんとか滑り込
み,そして,親父の跡を継いだ。

●次号からは,なぜ私が音楽業界に入ろうとしたのか,さらにそれ
以前の経験に触れながら,音楽と経営の共通項について考察してみ
たい。
私は,自らの社長経験を振り返って,音楽と経営は,実は共通する
ことがとても多い,と思う。
前置きが長くなるとは思うが,是非ご期待頂きたいと思う。
そして,まだ多くの人に明かしていない,私のある一面を知って欲
しいとも思う。

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