■元番頭に会う

先日、前に経営していた会社の右腕だった彼に会った。
突然、メールが来たのだった。
「ホームページ拝見しました。また会いたいですね」
びっくりした。そして、嬉しかった。
彼には、処女作の本を贈っていた。
彼無しには、あれほどの引き際でできなかった。
間違いなく、彼の力だった。
そんな彼に、読んで欲しかった。
そして、お礼を言いたかった。
本の奥付にある、私の連絡先からアドレスを知ってホームページを見たのだと言う。
言葉を掛けたい、でも電話するほどのことでもない。
改まって話しをすることも気が引ける。
そんな時、ホームページで自分の今を知ってもらい、良かったら連絡してね、という暗黙のサイ
ンを送る、そんなインターネットは、勇気の無い私にとって、好都合は道具だった。
事務所に来てくれた。
1時間ほど話をして、居酒屋に行った。
いろいろな話をした。
彼のこと、私のこと。
時間はあっという間に過ぎた。
でも、昔の会社の時代のことは話に出なかった。
彼と会う前は、彼と出合った時のこと、たくさん一緒にやってきたこと、
たくさんの事件、トラブル・・・そんなことの話になるのかな、と一人想像していた。
しかし、現実に会ってみると、二人ともそのようなことは話題に出さなかった。
昔、一緒にやっていたことよりも、会社を畳んだあと、どうしてた?
こうしてた、という話が多かった。
そう、お互い、2年や3年前のことを振り返るのは、まだまだ若いのさ。
俺達にはもっとやりたいことがたくさんあるし、やらなきゃいけないこともたくさんあるのさ。
そんな前向きは気持ちが心の底にはあったのだろうか。
まだまだ語りたい気持ちを抑えて、ほろ酔い気分の二人は、青山1丁目で分かれた。
彼は銀座線。私は大江戸線。
とても楽しく、そして一生思い出になる夜となった。
こんな不出来な社長に仕え、そして、また「会おう」と誘ってくれた彼に感謝したい。
私は最高の人と一緒に働いていた。
そして、そんな人を活かし切れなかった私は馬鹿者だ。
彼と一緒に働けて、私は幸せだった。
彼の豊かな人間性に包まれながら、その夜、私は心地よい眠りに入ったのだった。




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